大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)693号 判決

被控訴人は控訴人に対し金十万円及び之に対する昭和二十五年十二月一日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の其の余の請求を棄却する。

原審並に当審に於ける訴訟費用は之を五分し其の一を被控訴人の負担とし、其の余を控訴人の負担とする。

此の判決は控訴人に於て金三万円の担保を供するときは控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

二、事  実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金九十九万八千円及び之に対する昭和二十五年十二月一日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、被控訴代理人は「控訴棄却」の判決を求めた。

控訴代理人は請求原因として次の通り陳述した。

(一)  控訴人は昭和二十五年九月二十八日浜松市板屋町で旅館東海ホテルを経営している被控訴人方に投宿し、翌二十九日午後一時頃外出に際して所持の金九十九万八千円在中の鞄を、被控訴人方の従業員木川ちゑ子に対し多額の金員が在中している旨を告げて交付して其の保管を託し、同女は之を被控訴人の妻徐花子に交付し、花子は之を金庫内に収納した。ところが同日午後一時三十分頃訴外浮海清八郎が被控訴人方に、「私は藤田ですが今日又戻るつもりでしたけれども都合で戻れなくなつたから、預けた鞄を使いの者に渡して下さい。」と虚偽の電話をかけた上、間もなく控訴人の使者と詐称して被控訴人方に現われ、之がために前記木川ちゑ子及び徐花子は前記保管中の鞄を其の儘右浮海に交付し、之に因つて控訴人は右鞄在中の金九十九万八千円の金員の所有権を喪失し同額の損害を蒙むるに至つた。

(二)  そして控訴人が右の通り該金員の所有権を喪失するに至つたのは、徐花子及び木川ちゑ子が旅館業の従業員として当然守るべき注意義務を怠つて、(イ)右鞄の中に巨額の金員が在中することを知り乍ら、控訴人に荷物引換券を交付して置き之と引き換えにのみ鞄を返戻する等の方策を採らなかつたこと、(ロ)浮海からの電話を控訴人からの電話と即断且軽信したこと、(ハ)浮海を控訴人の正当な使者と妄断し、其の身分を証する書面を調査する等の方法を採らず、其の行動甚だ慎重を欠いたことに基くものであつて、右両名の過失ある行為がなければ浮海の前記不法行為も成立に至らず、結局両名の過失と浮海の不法行為とが競合して控訴人の権利を侵害するに至つたに外ならない。

(三)  よつて被控訴人方従業員である右両名の行為に因つて生じた前記損害九十九万八千円と訴状送達の翌日である昭和二十五年十二月一日以降完済に至る迄の民事法定利率による損害金の賠償を、其の経営者である被控訴人に請求するため本訴に及んだ。

被控訴人の主張事実中被控訴人が従業員の監督につき相当の注意を為したとの点、而も損害の生ずべき事情に在つたとの点、控訴人に過失があつたとの点は何れも否認する。又控訴人は訴外浮海清八郎の妻から、本件に関連して約十三万円を受領したことはあつたけれども、控訴人は之を控訴人の受けた間接的な損害、乃ち訴訟提起前の準備行為等に要した費用、訴訟手続中に要する諸費用、本件被害金員を運用することによつて得べかりし利益の賠償金等の一部に充当したのであるから、本件直接の損害額には影響のないものであると答えた。

被控訴代理人は請求原因に対する答弁並に抗弁として、次の通り陳述した。

控訴人主張の(一)の事実中、木川ちゑ子等が控訴人から保管を託された鞄の中に控訴人所有の金九十九万八千円が在中していたとの点は不知、控訴人が右寄託の際、鞄には多額の金員が在中していると云つたとの点及び控訴人が木川ちゑ子等の行為により右金員の所有権を喪失し損害を受けたとの点は否認し、其の余は認める。控訴人が損害を受けたとしても、同人は其の後浮海清八郎の妻から、同人の騙取した金員中の十三万円を受領しており、右は損害の一部として支払われたものと解すべきであるから、控訴人は右支払により少くとも右金額の範囲においては損害が補填されたことに帰し、其の損害額の主張は失当である。

控訴人主張の(二)の事実中、徐花子及び木川ちゑ子に過失ありとの点並に右両名の過失と訴外浮海の不法行為との競合ありとの点は否認する。(イ) 被控訴人方は小規模ないわば「旅人宿」とも謂うべき程度の旅館であるが、貴重品の申告があれば常に預り証を出すこととして居たところ、控訴人からはその様な申告もなく、且当日は来客もなく客の混雑のため特に普通の預託品にまで預り証を出す必要もなかつたのである。そして其の際控訴人は右金円在中の事実は勿論、貴重品乃至高価品在中の旨も告げず、金庫に入れてくれとさえ云わなかつたのであるが、被控訴人方では之を金庫に入れ其の取扱に慎重を期したのである。(ロ) 控訴人や浮海は被控訴人方の馴染の客ではないので電話の声で本人か否かを確めることは至難である。又本人であると云つて電話をかけて来て居るのであるから、それ以上真実本人であるか否かを確かめる方策もなかつた。(ハ) 浮海は被控訴人方で鞄を預る前から控訴人と一緒に居り、当日外出に際しても控訴人と連れ立つて出かけて居り、徐花子や木川ちゑ子も之を見聞して居た。従つて右両名が右鞄に大金が在中していることを知つて居たら当然更に慎重な態度を採り、本人以外の者に之を渡す筋合ではなかつたのである。そして右の様な事情の下に於て控訴人主張のような注意義務を要求するのは甚だ酷であり、此のことは旅館営業と云う特殊事情のため、一般人が物品の保管を託された場合の注意義務より、其の注意の程度を緩和していると思われる商法第五百九十五条の規定からも窺い得るところである。要するに、徐花子や木川ちゑ子が全然未知の人に鞄を交付した場合なら兎も角、前叙の様な事情の下に為されたものである以上、同人等の行為は旅館従業員一般に通常要求される注意義務を欠いたものとは到底謂い得ない。仮に右木川ちゑ子等において過失があつたとしても、前記浮海清八郎の行為は木川ちゑ子、徐花子の意思乃至行為と何等の関連なく、全く之と独立して浮海の意思のみによつて為されたものであり、徐花子や木川ちゑ子の行為によつて違法事実が生じたものと見るべきでないから、其の経営者である被控訴人にとつても不法行為に因る損害賠償の義務の発生する余地はない。

仮に右徐花子及び木川ちゑ子等の右行為が不法行為を構成するとしても、(イ) 徐花子は被控訴人の妻であり、木川ちゑ子は身許の判然した女中であつて、貴重品等の取扱については平素から十分に注意させて居り、且本件のような普通の手廻り品を預る場合に於ても金庫に収納させる等其の選任監督については相当の注意を為し、遺憾な点は毫も存しなかつたから、被控訴人には賠償の義務はない。(ロ) そうでないとしても控訴人が前記鞄を預けた際、控訴人主張の金員が在中の旨を一言木川ちゑ子等に告げさえすれば、何等の損害も生じなかつたこと一点の疑いも存しないところであるから、本件損害は一に控訴人が右大金在中の旨を告げなかつたことに起因し、控訴人にも過失あるものと謂わねばならない。従つて過失相殺の法理により、被控訴人は損害の一部而も単なる名目上の数額のみを賠償すれば足るものである。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人が浜松市板屋町で旅館東海ホテルを経営し、徐花子が其の妻、木川ちゑ子が其の女中として共に右業務に従事して居た者であること、控訴人が昭和二十五年九月二十八日右被控訴人方に投宿し翌二十九日午後一時頃外出に際して所持の鞄一個を右木川ちゑ子に交付してその保管を託し同人がその鞄を徐花子に渡し、徐花子が之を被控訴人方備付の金庫に収納したが、同日午後一時三十分頃訴外浮海清八郎が被控訴人方に「私は藤田ですが今日また戻るつもりでしたけれども都合で戻れなくなつたから預けた鞄を使の者に渡して下さい」と虚偽の電話をかけた上、間もなく、控訴人の使者と詐称して被控訴人方に現われたので、木川ちゑ子及び徐花子が前記鞄をその侭右浮海に交付したことは当事者間に争なく、右鞄には千円紙幣九百九十八枚合計金九十九万八千円が在中していたことは、原審における控訴人本人訊問の結果その他弁論の全趣旨に徴し認めることができる。右事実によると右徐花子及び木川ちゑ子が控訴人から預つた右鞄をなんらこれが引渡をうける権限のない右浮海清八郎に引渡したので、これにより控訴人は右鞄及び在中の金員の返還をうけることができなくなり、結局右在中の金員等の所有権を喪うに至つたものといわざるを得ない。

よつて右徐花子及び木川ちゑ子は右引渡に因り控訴人をして右金員の所有権を喪失せしめた行為が同人等の過失に基くものであるかどうかについて判断する。

(一)  右木川ちゑ子が其の鞄を徐花子に渡し、徐花子が之を被控訴人方備付の金庫に収納したが、同日午後一時三十分頃訴外浮海清八郎が被控訴人方に「私は藤田ですが今日又戻るつもりでしたけれども都合で戻れなくなつたから預けた鞄を使いの者に渡して下さい」と内容虚偽の電話をかけた上間もなく控訴人の使者と詐称して被控訴人方にあらわれ、木川ちゑ子及び徐花子が前記鞄を其の侭右浮海に交付したことについては前記した通りであるが、右電話を受けたのが徐花子であつたところ、徐花子は被控訴人方の調理等の仕事を主として掌り、控訴人とは其の以前に全然問答等を交したこともなく、控訴人は被控訴人方の馴染の客でもなかつたこと、木川ちゑ子は前日控訴人が投宿以来其の係女中として同人と接し、更に前夜夕食前後には相当戯談等を交わしていた程であつて控訴人の音声語調等には慣れていたこと、浮海清八郎は控訴人より美声であり静岡訛りの語調であること、電話のかかつて来た頃は被控訴人方に来客もなく暇があつたことが、原審並に当審に於ける証人木川ちゑ子(当審は第一、二回)、同徐花子の各証言と控訴人本人訊問の結果(当審は第一、二回)を綜合して認め得られるから、右電話を受けた際徐花子が逸早く木川ちゑ子と代り、再び被控訴人方には戻らないと云う電話の相手方が控訴人本人であるか否か、真実預り品を使者に渡してよいか否かを確認させるべきであり、而も其の際疑念が残れば、浮海が被控訴人方に使者と称して来た際控訴人の居所、動静等を尋ねる等して右電話の真偽を更に確かめ得たのであつて、斯くしてこそ、其の預り品が通常の物であると高価品であるとに関係なく、旅客に不測の損害を生ずることを避け、かねて旅館の信用を保持するために、旅館業の従業員として当然守るべきことであつたと解せられる。然るに、徐花子等が右措置を採ることなく、却つて右電話を切つた後始めて徐花子に於て木川ちゑ子に「藤田さんと云う客が泊つて居るか、その客から鞄を預つたのか」と尋ねて其の電話の主を控訴人本人と断じ、且其の後被控訴人方に来た浮海清八郎を漫然控訴人の使者と信じて鞄を交付するに至つたものであることが、原審並に当審に於ける証人木川ちゑ子、同徐花子の各証言と控訴人本人訊問の結果に徴し認め得られ、他に右認定を覆すに足る証左の毫も存しない以上、右使者と称して来た者が前日も控訴人と行動を共にし、且当日も朝八時頃から被控訴人方の控訴人の部屋に来て前記外出の際も控訴人と同道して居た浮海清八郎であつた点につき稍恕すべき情があるとは云え、なお徐花子と木川ちゑ子の右行為は過失ある行為であつたと謂わねばならない。

(二)  果して、そうだとすると、木川ちゑ子等が過失により控訴人をして右鞄に在中する前記金員の所有権を喪失せしめるに至つたもので、不法行為を構成することは、まことに明らかである。しかも、叙上認定にかかる事実からすると、訴外浮海清八郎の詐欺という不法行為のあることも明らかであつて、浮海の不法行為につき同人と徐花子等との間に意思の連絡があつたと認めるにたる証左は存しないけれども、なお、浮海の不法行為と徐花子等の過失ある行為とが競合して控訴人に対する違法事実を現出するに至つたものと解するのを相当とし、結局浮海清八郎と徐花子、木川ちゑ子との両者間に共同不法行為の関係が成立したものと謂わねばならない。

(三)  よつて、すすんで、被控訴人主張の抗弁につき審究する。

(イ)  徐花子が被控訴人の妻であり、木川ちゑ子が、その女中であることは前記の通りであつて、更に徐花子が被控訴人方旅館営業の調理其の他の方面を担当し、木川ちゑ子が控訴人宿泊中其の係りの女中としての役務に服していたことは、前記認定の通りであつて、木川ちゑ子の身許が相当確実であり、其の選任については相当の注意の為されたことは、当審に於ける被控訴人本人訊問の結果と、其の事業の種類業態等を併せ考えて認め得られるけれども、右被控訴本人の供述に徴し認め得られる前記鞄の授受当日被控訴人が在宅した事実と、前記認定に係る木川ちゑ子が控訴人から右鞄を渡され「金員在中」の旨を告げられ乍ら、其の金額の多寡等を反問し之に応ずる措置を講ずるが如き態度、心構えも示さず、漫然と之を普通品の預りとして処置し、更に電話があり引続き浮海清八郎が使者と称して来るや漫然と之を同人に交付せしめ、従業員等に格別前記の如き注意義務を指摘し之に応ずる適切な措置を採らしめなかつた事実を綜合すると、此の点に関する被控訴人本人の供述は措信し難く、其の他被控訴人の証拠によつては未だ以て被控訴人が其の事業の監督につき相当の注意を為して居たものとは認めるに足らず、且被控訴人が右監督につき相当の注意を為しても前記損害の発生が必然且明確であつたとも到底認めるに足りないから、此の点に関する抗弁は排斥せざるを得ない。

(ロ)  控訴人が其の所有に係る前記鞄在中の千円紙幣九百九十八枚の所有権を喪失したことは前説示の通りであるから、右に因つて控訴人は右紙幣と同額の金九十九万八千円の損害を蒙むつたものと謂わなくてはならない。そして控訴人が其の後浮海清八郎の妻から金十三万円の支払を受けたことにつき当事者間に争いがなく、控訴人が本件につき特に其の主張のような費用の一部として受領したと認めるに足る証左がないばかりでなく本件弁論の全趣旨によると、特段の事情なき本件においては、訴外浮海清八郎の妻が右金九十九万八千円の損害の一部として支払われたものと認めるを相当とするところ、右木川ちゑ子等の債務は前記の通り浮海清八郎との共同不法行為による連帯債務であるから、右木川ちゑ子等の債務は他の債務者である訴外浮海清八郎の債務の弁済により金十三万円の限度において消滅したものといわなければならない。

ところが、被控訴人方では、旅客から金員その他の貴重品を高価品として保管方を託された場合、引換証の交付、その他の方法を以て特に、その取扱を慎重にしていたこと、ならびに、控訴人が右鞄を木川ちゑ子等に寄託するに際し、大金が在中することを告げなかつたことが、原審及び当審証人木川ちゑ子、同徐花子の各証言と当審における被控訴人本人尋問の結果に徴して認め得られる。而して、控訴人が前記のように大金の在中する鞄を木川ちゑ子に交付するに際しては、少くとも金額の概略だけでも告げたならば被控訴人方においても特段の注意を払うべきことは弁論の全趣旨により推認し得るところであるが、控訴人は、何等、かような告知をなさなかつたものである。即ち控訴人は、旅客として右金円在中の鞄を寄託するに当り、当然とるべき措置を敢えてなさなかつたもので、右は、本件損害の発生につき、被害者たる控訴人にも過失あるものというべきである。この点に関する被控訴人の抗弁は理由がある。而して、控訴人の右過失を斟酌して本件損害賠償額を定めるときは、右木川ちゑ子は徐花子の使用者として、被控訴人は、控訴人に対し金十万円並びにこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和二十五年十二月一日以降、右完済に至るまで年五分の割合による利息相当の損害金を賠償すべき責任を有するものと認めるを相当とする。

果して然らば、控訴人の本訴請求は結局右の範囲に於て正当でありその余の部分は失当であるから控訴人の請求全部を排斥した原判決は、一部失当であつて、変更を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第九十二条、第八十九条を、又仮執行の宣言につき、同法第百九十六条第一項を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 三宅多大)

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